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世話人:加藤正俊
    吉田 勝

「西山御殿(にしやまごてん)/西山荘(せいざんそう)

 西山御殿(西山荘)は茨城県常陸太田市にある水戸藩2代藩主徳川光圀の隠居所である。大日本史を光圀が自ら校閲した記念碑的な場所として重要である。国の史跡及び名勝に指定されている。
 1690(元禄3)年に建設され、隠居した光圀が1700年に亡くなるまでの10年間を過ごした。光圀はここで歴史書「大日本史」の編纂に尽力した.
 当時の建物は1817年に野火によって焼失し、現存するのは1819年に規模を縮小して再建されたもの。現在は、水戸徳川家伝来の歴史的資料を保存している公益財団法人・徳川ミュージアムが管理、一般公開している。
 建物は茅葺平屋建て、内部は粗壁のままという質素なもので、華美を嫌った光圀の人となりを伝えるものとなっている。入口に架けた橋を「桃源橋(とうげんきょう)」と名付け、理想郷と考えていたことがうかがえる。御殿の周辺の山には鹿を、田には鶴を放ち、薬効のある草木を多数植えた。御殿の周囲には池、滝、遥拝石、突上御門などを備えた庭園があり、紀伊徳川家から贈られたという熊野杉の木立がそびえる。

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「参考資料」
・Wikipedia「徳川光圀」、「西山荘」
・文化遺産オンライン「西山御殿跡(西山荘)」
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